facebookの投稿で最初に知った。
大好きな人がまた逝ってしまった。
心よりご冥福を祈ります。
今からアルバム聴いて、聴いて聞き倒します。
#1 レモンティとか名曲揃い
ニュース
人気ロックバンド「シーナ&ロケッツ」の女性ボーカル、シーナさんが14日、子宮けいがんのため、東京都内の病院で亡くなりました。61歳でした。
シーナさん(本名=鮎川悦子さん)は、北九州市の出身で、ギタリストで夫の鮎川誠さんらと昭和52年に「シーナ&ロケッツ」を結成し、翌年「涙のハイウェイ」でデビューしました。
その後、「ユー・メイ・ドリーム」や「ピンナップ・ベイビー・ブルース」などのヒット曲を出し、迫力のある歌声とパフォーマンスで知られる女性ロックボーカリストとして人気を集めました。
東日本大震災後はチャリティーライブにも参加し、音楽を通じて被災者を支援する活動も行っていました。
所属レコード会社によりますと、シーナさんは去年の夏に体調を崩し、一時ステージに復帰していましたが、子宮けいがんのため、14日、東京都内の病院で亡くなりました。
61歳でした。
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シーナ&ロケッツのシーナさん死去 子宮頸がんで
Yahoo!ニュースより
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シーナ&ロケッツのシーナさん死去 子宮頸がんで
Yahoo!ニュースより
4人組ロックバンド「シーナ&ザ・ロケッツ」のボーカル、シーナさん=本名・鮎川悦子=が14日朝、子宮頸がんのため、入院先の都内の病院で亡くなった。61歳だった。夫で同バンドのギタリストの鮎川誠がデイリースポーツの取材に応じ、「35年一緒に(シナロケを)やれて、幸せでした。ファンの方にも幸せでした、と伝えてください」と悲しみをこらえ、気丈に話した。
【写真】生前のシーナさんと鮎川誠(2008年撮影)
シーナは昨年7月、急病でライブ出演をとりやめたが、鮎川によると、この時、末期の子宮頸がんと診断されていたという。8月にステージ復帰。9月13日に日比谷野音で行われたシナロケの35周年ライブにも出演したが、この時、体調が悪いことを伏せて、ステージに立っていたという。
その後、体調が悪化し、11月下旬に入院。正月は自宅に戻り、家族で過ごすことができたが、今年1月中旬に容態が急変。再び入院。この日、家族が病室に集まり、手を握りながらみまもったが、パソコンでシナロケの35年分の音楽を聴きながら、息を引き取ったという。
シナロケのパートナーとして、プライベートでは仲の良いおしどり夫婦としてしられた二人。鮎川は、本紙の取材にいつもと変わらぬ穏やかな口調で応じ、「歌うことが好きで、病気治ったら何したい?って聞かれたら『歌いたい』って。(最後にそれが)かなわんかったから、歌聞きながら…。素晴らしい歌手でした。一緒に35年過ごせて、幸せでした。ファンの皆さんから愛されて、とても幸せやったと思います。ハートが大好きだったから、バレンタインが命日(に)なって…」と語った。
シーナさんは1978年、サンハウスのギタリストだった夫の鮎川誠とSHEENA&THE ROKKETSを結成。シングル「涙のハイウェイ」でデビューした。79年、細野晴臣プロデュースのシングル「ユー・メイ・ドリーム」がヒット。福岡県北九州市出身。同じく福岡出身の鮎川の強烈な個性、九州弁とともにシナロケは日本を代表するロックバンドとなった。
シーナさんはミニスカートと網タイツをトレードマークに、圧倒的な歌声とカリスマ性でファンを魅了し、日本を代表する女性ロックボーカリストとなった。“ロックンロールハート”を体現し続けたシーナさん。2009年、著書「You May Dream」を出版。鮎川との間に双子を含め3姉妹がいる。
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