2015年3月22日日曜日

蕨 クルドの新年のお祭り ネウロズ Newroz

2015年3月22日





蕨 クルドの新年のお祭り ネウロズ Newroz






ワラビスタンが蕨市民公園に集合。

開催日時:3月22日(日)・10:00-15:00

*時間は多少前後する可能性があります。

場所:蕨市民公園 蕨市塚越5-1

尚悪天候の場合は前日の21日(土)となります。
皆様のお越しを心よりお待ちしております。

一般社団法人日本クルド文化協会のfacebookより







一般社団法人日本クルド文化協会 の方から教えていただきました。


・赤い旗と緑の旗の違いについて


赤い旗は40年前からトルコでPKK(クルド労働者党)の旗の色です。

緑の旗はKCK(クルド社会連合)の旗の色です。

・髭の漢の人の名前について

PKKを作った男性で、Abdullah Öcalan(アブドゥッラー オジャラン)です。

・キャンプフャイヤーの意味について


 2500年前に中東の人々に対してアッシリアの残酷な王がいました。
その王は自分の病気がクルド人の若者の脳みそを食べれば病気が治ると信じていました。
しかし、若者の一人 kajiya kawa (カジヤ カワ)が反乱を起こし、
自分が王に勝ったら城の頂上に火をつける!と言ったそうです。
そして火は城の頂上につき、そこからクルド人の自由が始まり、
ネウロズの日となりました。火は自由の象徴になりました。

・ピースサインの意味について


勝利、そして平和を意味しています。

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 以下、ネットで検索して得た情報

断片的でわかりにくいので、詳細がわかりましたら更新していきます。



アブドゥッラー オジャラン


 アブドゥッラー・オジャラン(トルコ語: Abdullah Öcalan、1948年4月4日 - )は、トルコのクルド人独立派武装勢力のクルド労働者党の元党首。元共産主義者。

 1999年にケニアのナイロビにあるギリシャ大使館所有の建物に匿われていたが、CIA、モサッド、MİT により身柄を確保され(ナイロビ作戦)てトルコの特殊部隊ボルド・ベレに引き渡され、軍が借り上げた自家用ジェットでトルコに移送された。一旦死刑判決を受けたが、EU加盟を最優先するトルコ政府は、EU加盟基準遵守のために死刑制度を廃止した。そのため、オジャランも終身刑となり、現在もマルマラ海に浮かぶイムラル島で服役中である。

現在は武装闘争路線を放棄し、和平路線に転向した。2012年頃よりトルコ政府との対話が開始されるなど、和平に向けた動きも起こっている。

獄中から「和平イニシアチブ」を発表。


クルド労働者党 PKK


クルド人の独立国家建設を目指す武装組織。

旧称はクルド人民会議(KONGRA-GEL)。

同組織は2002年4月にクルド労働者党(PKK)からクルディスタン自由民主会議(KADEK)に改称し、さらに2003年11月15日に現名称となった。

これらの改称はテロリスト集団認定を法的に回避することが目的だったといわれている。トルコではこれを踏まえ、PKK/KONGRA-GELと併記する。

 前身のクルド労働者党(PKK)は、マルクス・レーニン主義派のクルド人により1974年に創設された。専従活動家は4千~5千人ほどである。トルコ、西欧、近東及びロシアで活動している。

シリア、イラン、サッダーム・フセイン時代のイラクから資金援助を受けていた。

1998年、シリアは党首のアブドゥッラー・オジャランを国外に追放したが、資金援助は停止していない。

1990年代初め、クルド労働者党時代においては市街ゲリラ戦を布告した。トルコ経済を破壊するためにホテルが爆破され、外国人観光客が誘拐された。オジャランの逮捕後、PKKは平和的路線を歩むことを公式表明した。
現在の指導者はムラト・カラユラン(Murat Karayilan)。

参考 公安庁


クルド社会連合 KCK


クルド民主統一党 PYD

 (写真の白い旗にPYDとある)

ウィキペディア「クルド民主統一党」より

 シリア・クルド民主統一党(以下「PYD」)はトルコのクルド分離主義組織クルディスタン労働者党(PKK)の分派として2003年に結成された。

主にクルド人住民が多いシリア北部(西クルディスタン)で活動している。

特に2012年以降はシリア情勢の混乱に乗じて、政府軍が撤退したクルド人居住地域の多くを事実上の統治している。現在の指導者はサレフ・ムスリム・モハメドアスィア・アブドゥッラー


軍事部門として「人民防衛隊」(YPG)を擁している[1][2]。

冷戦下の1970年代に登場したPKKが当初マルクス・レーニン主義を掲げていため、その分派であるPYDは過激なイスラム組織と対立していた。

2012年以降、クルド人が多数派を占めるシリア北部を事実上支配している[3]。




人民防衛隊YPG(じんみんぼうえいたい、クルド語: Yekîneyên Parastina Gel、YPG; アラビア語: وحدات حماية الشعب)はシリア・クルド民主統一党の下部組織。治安維持を担う軍事部門。

女性の構成員の割合が比較的高いことが特徴で、シリア騒乱下の2013年5月の報道によるとYPGの約3割が女性によって占められている。

これはPKKの軍事組織に多くの女性(約三分の一)が含まれていたことが影響している。また、コバニ包囲戦においては地元のアラブ人やトルコのクルド人がYPGに参加した。


日本の公安調査庁はPYDを国際テロ組織に分類している[1]。

トルコ政府は国内の反体制派PKKの影響下にあるPYDを警戒しており、大統領エルドアンは「ISILと同じ」とまで発言した。そのためコバニ包囲戦でPYDを支援することに消極的だった[10]。ヒューマン・ライツ・ウォッチはPYD支配地域で野党や捕虜への人権侵害が起きていると指摘している[4]。

母体であるトルコのPKKとは現在も関係が深い[11]。イラクのクルディスタン地域はシリアのクルド勢力でもPYDよりクルド国民評議会と友好関係にある[5]。一方、コバニ包囲戦ではペシュメルガを援軍として派遣した[10]。

同じくコバニ包囲戦ではアメリカの支援を受けた[12]。シリア内戦ではアッシリア人(アッシリア東方教会)の協力を受けている[13]。

シリア・クルド民主統一党の歴史

結党まで

 第一次世界大戦でオスマン帝国が敗れたことにより、フランス・イギリスがこの地に恣意的な国境線を引いたため(サイクス・ピコ協定)、クルド人居住地域はトルコ・イラク・イラン・シリア・アルメニアなどに分断された。また、いずれの国でも民族的に少数派でありクルディスタン王国(英語版)(1922年 - 1924年)など少数の例外を除き独自の国を持つことがなかった。

 シリア北部には国民の1割にあたる200万前後のクルド人が多数暮らす。しかし、クルド人は民族主義的な独立志向が強く、アラブ人のハーフィズ・アル=アサドとバッシャール・アル=アサドの率いるバース党政権から警戒され、弾圧されてきた。

 1973年、トルコでクルド人民会議が結成される。同組織はクルド労働者党→クルディスタン自由民主会議→クルディスタン労働者党 (PKK)と名称を変更する。2003年、シリア国内におけるPKKの分派としてクルド民主統一党が結成される。

暫定統治

 2011年、チュニジアから発生したアラブの春がシリアに波及し、2012年にはクルド人居住地からアサド政権軍が撤退する。

するとPYDは住民の大半がクルド人で占められるシリア北部の3地方(西クルディスタン)に裁判所・刑務所・警察署などを設置して実質的な統治を始めた[3]。2014年1月、PYDとその連合政党はコバニなどクルド人居住地域の3地方(アフリン、アイン・アラブ、ジャジーラ)に暫定政権をうちたて、行政機関を整え、新憲法も導入している[4]。

反体制派の間では「アサド政権と敵対しない見返りに自治権を与えられた」との見方もある。一方PYDは、暫定統治は「自衛のため」で長年クルド人を抑圧してきたアサド「政権と裏取引などするはずがない」、と主張している[5][6]。

シリア内戦において、PYDはアサド政権・ISIL・自由シリア軍のいずれとも距離を置いている[1]。コバニ包囲戦(2014年 - 2015年)では、三方向からコバニ(アイン・アル=アラブ)に攻勢を仕掛けたISILに対して、アメリカ空軍・ペシュメルガなどの支援を受けながら勝利を収めた。

現在はISILと戦闘を繰り広げつつ、統治下にある町々を防衛している[1]。


クルド人女性部隊YPJ

 YouTubeより

イスラム国(ISIS)の兵士でさえ恐怖する最強部隊「クルド人女性部隊YPJ」。
イスラム国は人質を次々と処刑し、女性は容赦なく奴隷にしている。
そんなイスラム国がなぜ恐れるのか。
イスラム国の兵士の半数は金で雇われた傭兵なのに対し、YPJの多くはイスラム国に家­族を殺され、土地を奪われたクルド人難民だ。
YPJが設立されて2年、すでに300人以上の女性兵士が死亡しているが、彼女たちは­「イスラム国なんて全く怖くない。」と語っている。
失うものが何もない人たちが集結した部隊YPJ。これほど強い存在はない。


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コバニ革命軍がISを撃退「暗黒に対する革命の勝利」

サイト レイバーネットより

クルドのロジャバ革命、地域委員会による権力構成...民族、言語、性的平等を強調

チョン・ウニ記者 2015.02.04 22:02


[出処:ロア・マグ]


イスラム国からのコバニ奪還、シリア人の多くは疑問視「アメリカの戦略が理解できない」



2015年1月28日、シリアの国境の街、コバニの東部を確認しながら無線で話すクルド人男性。クルド人部隊は、1月26日にトルコ国境の戦略的要衝である街を取り戻した。これはシリアとイラクでの野蛮な猛攻撃によって領域一帯を掌握していたジハーディストたちにとって、象徴的な一撃となった。 (Photo: BULENT KILIC/AFP/Getty Images)

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ブログ 「私の闇の奥」より

ロジャバ革命(1)

※コバニの死闘の理由



 日本人人質とその殺害の事件をめぐって、イスラム国について、マスメディアに多数の専門家が登場して盛んに語っていますが、彼らが知っていることをそっくり我々に告げてくれているわけではありません。ある筈がありません。

発表媒体である新聞、テレビ局、雑誌などに応じて、その道の専門家たちは、情報伝達の自己規制を見事に行っています。それは、自分に“お声が掛からなくなる”ことを避けるための心がけに発します。「それを言っちゃあおしまいよ」にならないための処世術です。

 「ロジャバ革命」と呼ばれる政治的状況の展開はその顕著な一例です。それを、その事実と意義をはっきり詳しく我々に告げようとする専門家は一人も見当たりません。

 シリア北部、トルコとの国境に近いコバニの町とその周辺で、イスラム国はその発祥以来初めての決定的な軍事的敗北を喫しました。コバニの死闘をスターリングラードの死闘と並べる声さえ聞こえてきます。そして、その勝利の原動力は女性戦士たちであったのです。イスラム国の軍隊に立ち向かったクルド人部隊に女性兵士も多数加わったというのではありません。男性部隊(YPG)女性部隊(YPJ)が肩を並べて共々に闘ったのです。コバニの勝利に象徴される「ロジャバ革命」が女性革命だとされる一つの理由がここにあります。

もし、「ロジャバ革命」のこの重要な本質が、専門家たちによって広く世に伝えられたならば、世界中の本物のフェミニストたちは歓呼の声を上げるに違いありません。

 いまイスラム国を称する勢力は2013年から特にイラクで活動を顕著にしてきましたが、それが激化したのは2014年に入ってからで、私たちの意識もこの辺りで急に高められます。

米国の傭兵であるイラク政府軍は烏合の衆で大して役に立たず、米国は、2014年の夏以降、イラク内でイスラム国に対して空爆を開始しましたがあまり効果が上がらず、イスラム国の支配地域は拡大を続けています。

イスラム国がシリアの東北部のラッカ県を制圧した後は、シリア国内でもイスラム国に対する空爆を始めました。

イスラム国はイラク北西部の大部分を支配下に収めていましたが、首都バグダッドの占領には向かわず、その矛先をクルド系住民の多いシリア北部のトルコとの国境に近いコバニ(アインアルアラブ)の町(人口約4万5千人)に向けました。

それにははっきりした理由があったのです。

シリア北部のトルコとの長い国境線あたりに住むクルド系住民を壊滅させてシリア内のイスラム国支配地域とトルコとの交通を確保すれば、トルコからの武器やイスラム国軍隊に参加する外国人の流入が容易になるからです。

2014年9月、対「イスラム国」で米国との共闘を約束した中東諸国の中に、ヨルダン、エジプトとともにトルコも含まれていたのですが、トルコの対「イスラム国」政策は極めて自己中心主義的です。

もともとシリアのアサド政権を快く思わないトルコのエルドアン首相の政権は2011年4月に始まったシリア騒乱で一貫して反シリア政府勢力を支持し、武器などの供給を盛んに行って来ました。

その支援がイスラム国の急激な成長を促したことに否定の余地はありません。

さらにエルドアン政権は国内のクルド人もシリア内のクルド人も居なくなってしまえば良いと考えていましたから、コバニでイスラム国軍隊と闘うクルド系住民を軍事的に助けるなどもっての外で、むしろ、トルコ国内のクルド人がシリア側にある同胞に軍事的援助を与えることを厳しく阻止していました。

それにも関わらず、クルド系住民の軍隊が4ヶ月の死闘に耐えて遂にコバニの町から凶悪なイスラム国軍隊を追い出した最大の理由は、どうしても彼らが理想として掲げる新しい世界を実現したいという、そのためには死をも恐れない熱い思いに燃えていたことにあります。

では、クルド男女の戦士たちが命をかけて建設しようとしている新しい社会、新しい世界とはどのようなものなのか。

それを端的に示す立派な憲法がすでに宣言布告されています。

正確には憲法草案と見るべきものでしょうが、英訳版は普通の文面で20ページほどの長さ、95の条文から成っています。その「前文」を読んでみましょう。


※わかりやすくするために色、太字に一部変更しました。

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ロジャバ諸県の憲法


前文

我々、クルド人、アラブ人、シリア人、アラム人、トルコ人、アルメニア人、チェチェン人の連合体である、アフリン、ジャジーラ、コバネ三県の民主的自治区の人民は、率直かつ厳粛にこの憲章を宣言し、制定する。

自由、正義、尊厳、そして民主主義を求め、平等と環境的持続可能性の原理に導かれて、この憲章は、お互いの平和な共存と社会のすべての要素の間の理解に基づく新しい社会契約を宣言する。それは基本的人権と自由を擁護し、人民の自決の権利をあらためて確認する。

この憲章の下、我々この自治区の人民は、すべての人々が公共生活で自由に自己表現できるように、和解、多元的共存、民主的参加の精神で一致団結する。権威独裁主義、軍事主義、中央集権、公事への宗教的権威の干渉から自由な社会を建設するために、この憲章はシリアの領土的一体性を認め、国内的また国際的平和を維持することを強く願うものである。

この憲章を制定するにあたって、我々は、独裁政治、内戦、破壊から、市民生活と社会正義が保護される新しい民主的社会への遷移の局面を経て、シリアの豊かなモザイックを調和させる社会契約に基づいた政治的システムと市民行政を布告する。

********************


 何とまあ、惚れ惚れとする内容ではありませんか。これに反対を唱えるのは、一神教の神への信仰を暴力的に強制しようとする狂的宗教信者以外にはありますまい。世界のあらゆる場所にこの憲法前文の精神が広がれば、地球の春がやってきます。

 前文の始めのところにあげられている3つの県(cantons)は、地図で見ると、トルコ・シリア国境線に沿って東西に飛び石的にならんでいますが、このあたりには3~4百万人のクルド系住民がもともと住んでいて、その地域がRojava cantons(ロジャバ諸県)と呼ばれているのだと思われます。

ですから、このロジャバ革命という社会運動には百万のオーダーの人々が参加していることになります。革命発祥は2011年、アラブの春の年です。次回には、この瞠目すべき新革命の詳細の話を始めます。

藤永茂 (2015年2月4日)


ロジャバ革命(2) 


ブログより 一部抜粋

ところで、米国とNATOはロジャバのクルド人たちをどう扱っているでしょうか?

コバニでの勝利が確実になった1月22日、ロンドンでの米国主導の対「イスラム国 」有志連合のメンバーの会合に、クルド人勢力からの代表は一人として招待されませんでした。

シリア北部のコバニでの決定的勝利だけでなく、イラク北部でも、イスラム国に対して軍事的勝利を収めているのは、ほぼクルド人部隊だけと言っても余り言い過ぎではないのが現状です。

米国は米国空軍による空爆の効果ばかりを強調しますが、勇猛果敢なクルド人地上部隊の奮闘がなければ、これだけの戦果は不可能であることは、現地からの報道に照らせば、否定の余地はありません。

しかし、オバマ大統領やケリー国務長官を含む米国政府筋の公式談話や声明の中に、ロジャバで起こっているクルド人たちの自治運動(ロジャバ革命!)を些かでも匂わす文言は半片すらも見当たりません。

米国とNATOの意図は明白です。このままで行けば、クルド人たちは、又しても、使い捨てされる運命にあります。

 メキシコのチアパス州のサパティスタ人口は多くて数千という所かと推定します。少数ではありますが、健在です。
1994年1月1日のサパティスタ反乱から21年、その共同社会の最大の特徴の一つは、ほぼ完全な女性解放、男女同権の実現です。

シリア東北部のトルコ国境周辺で立ち上げられようとしているロジャバ革命の自治共同体の中での女性の地位はそれに習ったものとも言えるのではありますまいか。

しかも、このサパティスタ・クルド人の人口は、数千人ではなく、数百万人のオーダーです。こんな人間集団の存在を米国が許す筈はありません。「イスラム国」も、勿論、ロジャバ革命を許すべからざるものとして猛然と襲いかかったのですが、解放されたクルドの女性たちは男性たちと肩を並べて、見事にイスラム国軍を打ち負かしました。

米国の本当の“本音”を推察すれば、「ロジャバ革命よりはイスラム国の方がまだましだ」ということになりましょう。

 サパティスタの中核的なモットーに「別の世界が可能だ」というのがあります。私たちも敢えてその標語を信じ、チアパスのサパティスタを、ロジャバのサパティスタを支援しなければなりません。

藤永茂 (2015年2月11日)

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ケバブ500円

辛口で野菜が色々入っていてます。






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