春の中央アジア文化祭2014
・会場
・ちらし
・「乙嫁語り」の舞台 Blogger
・中央アジアのチャイ Blogger
・美しきアトラスの世界 ウズベキスタン Blogger
・カザフ刺繍のお店 ケステ屋 Blogger
・草原の赤い絨毯 トルクメン族 Blogger
・ものがたりの部屋 イラン Blogger
・中央アジアのバザールの小さなお店の奥の奥の小部屋 Blogger
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・中央アジアのバザールの小さなお店の奥の奥の小部屋
ここで写真を撮っていて、注意を受けました。
「あなたは、なんのために写真を撮っているのですか?
これらは、こちらの方の作品ですよ。
勝手に撮影していいと思っているのですか?」
「すいません。こちらの入口で撮影可能か確認して、許可を得ているのですが」
そういうと制作者に「作品を撮影して大丈夫ですか」と問い詰めた人が確認をしてくれた。
もちろん、制作者はどうぞと答えた。
いまこのブログを書いているのは4/21 午前1:00.
ちょうどNHK Eテレで「スーパープレゼンテーション」を見終わったところだ。
NHK
「18分でたどるビッグヒストリー」 デビッド・クリスチャン David Christian
我々には、言葉という優れた情報伝達手段があります。言葉は、力があり、正確なので、我々は学んだことをみんなで共有し、蓄積していけます。そして、情報は、その情報を習得した個人よりも“長生き”できる。継承され、増えていくのです。
学んだ文化や歴史を個人の作品と称して、単なる利益を得る手段にしては発展が鈍ると思う。
もちろん、利益があるからもっと利益を得たいという欲望によって発展するという発想もある。
しかし、偉大な発見や発明は、私的利益だけの欲求でなされているわけではない。
キューリ夫人は放射線などの発見などで特許を放棄している。
「私的利益」の追求が、中国のような環境破壊をしている。
どうように文化の破壊、地球の環境破壊、個人の精神的破壊もしている気がする。
たしかに常識では著作権があり、肖像権、個人情報の保護がうたわれている。
でも一番肝心なことが反故されていることに気づいている人は少ない。
人として生きる道がないがしろにされていることに。
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